

大正天皇
著者:草森紳一+平山周吉
頁数:232頁
定価:2500円+税
ISBN:978-4-910108-25-4 C0021
2026年2月27日発売
大正天皇は、単なる「病弱な統治者」ではなかった。
忘れられた〈天才藝術家〉にして、稀代の〈トリックスター〉──
自由な精神をもった君主としての大正天皇像を再構築する。
明治と昭和に挟まれ、歴史の影に埋もれた天皇……。
しかし彼は、漢詩と書に天才を発揮し、大いに人を笑わせ、ときに軍部との対立をもいとわない大胆な政治判断を下した──。
大正天皇の漢詩・書・逸話の精査から、『原敬日記』の丹念な読解まで、マンガ・写真・デザインなどのサブカル、そしてナチス・中国文学・麻雀、となんでもござれの博覧強記・草森紳一と、『江藤淳は甦える』(小林秀雄賞)、『満洲国グランドホテル』(司馬遼󠄁太郎賞)、『小津安二郎』(大佛次郎賞)の著者・平山周吉が、資料に裏打ちされた想像力で、近代天皇制の〈盲点〉をつく。
歿後100年、常識を覆す「大正天皇像」が、いま甦る。
読めば、近代日本の景色が変わる。
【目次】
まえがき 「大正天皇」という盲点(平山周吉)
第一章 早くより旧派を脱し給ふーー大正天皇の「書」と漢詩(草森紳一)
第二章 大正天皇と原敬(草森紳一)
第三章 「天才」藝術家としての大正天皇(平山周吉)
第四章 「万機、余暇有り」ーー大正二年、帝国陸軍と大正天皇との対立(平山周吉)
Ⅰ 軍人としての大正天皇/Ⅱ 父・明治大帝の「背中」/Ⅲ 大正天皇の「政治的意思」/Ⅴ 聖上陛下御不例/Ⅳ 『原敬日記』の大正二年/Ⅵ 山本権兵衛に書き与えた漢詩/Ⅶ 原敬の皇室観
あとがき(平山周吉)
【本書「まえがき」(平山周吉)】
今年(二〇二六年)は大正天皇歿後百年にあたる。といっても、御命日はまだまだ先だ。崩御は暮れも押し詰まっての大正十五(一九二六)年十二月二十五日だった。歿後百年の今年、大正天皇についての新しい本は出るだろうか。出ることを期待しつつ、また出なくともがっかりしないように、本書『大正天皇』はいちはやく刊行される。
明治天皇と昭和天皇というビッグネームに挟まれて、大正天皇の影はかぎりなく薄い。原武史の画期的な『大正天皇』(朝日選書。現在は朝日文庫)が刊行されたのは二〇〇〇年のことだった。歴史の中に埋もれ、忘れ去られていた大正天皇を、溌溂たる姿で甦えらせ、面目を一新させた。それから四半世紀が立つが、続いて出た『大正天皇』には、古川隆久の吉川弘文館の人物叢書(二〇〇七年)、F・R・ディキンソンのミネルヴァ評伝選(二〇〇九年)があるきりだ。相変わらず、軽んじられている。『大正天皇実録』全六巻が二〇一六年から刊行されたが、それでも大正天皇研究が活況を呈することはない。このままでいいのだろうか。大正天皇は、近代天皇制の盲点になっているのではないだろうか。
本書は学術書ではない。ふつうの読書人向けの一般書である。共著という形となっているので、その由来を簡単に説明しておこう。本書の前半を書いた草森紳一は「物書き」と称していた。扱うテーマはノンジャンルで、好奇心がおもむくまま、あらゆる分野を無分別に渉猟した。若い時は、マンガ、写真、イラストレーション、デザインなどサブカル中心だった。途中からはナチス・ドイツや毛沢東を「宣伝」という切り口にして大著をものした。大学時代の専門は中国文学で、漢詩、三国志、書画、政治、老荘思想、麻雀と硬軟なんでもござれだった。晩年には、明治の政治家で、漢詩と書において近代日本最高の存在である副島種臣(蒼海)の長大な評伝を執筆していた。おそらくそうした関心の流れの中で、草森は「大正天皇」という存在にめぐりあっている。
大正天皇が「一発屋の芸人」のように記憶されている逸話がある。帝国議会に親臨した時、詔書を丸めて遠眼鏡のようにして覗いたという「遠眼鏡事件」である。草森は「佯狂(ようきょう) 」にも関心を持っていた。狂人の真似をするのが「佯狂」である。 『あの猿を見よーー江戸佯狂伝』(新人物往来社)という本を書いているくらいだ。あの遠眼鏡も「佯狂」ではないかという観点からも、大正天皇に興味津々だった。
それでも草森の関心はあくまでも漢詩と書にあり、まず「早くより旧派を脱し給ふーー大正天皇の「書」と漢詩」(「諸君!」二〇〇四・七)を書く(本書第一章)。さらに『原敬日記』を完読するに及び、大正天皇への親炙は増した。そして二〇〇七年の暮れに執筆したのが「大正天皇と原敬」である(本書第二章)。本人の心づもりでは原稿用紙三千枚は書くぞと張り切っていた。その導入部にあたる部分を約百枚書いただけで、草森は二〇〇八年春に亡くなる。
草森の発見した大正天皇は、自由な精神を持った芸術家肌の君主である。「人を笑わせる名人」でもある。伊藤博文や原敬とのやりとりには「友情」のようなものも流れていると見た。草森はそうした大正天皇に「いい知れぬ愛情のごときもの」を感じていた。草森の大正天皇攻略法は、大正天皇がことのほか興味を持った書、美術、馬といった方面から天皇像を探るというやり方だった。原敬に関しては既に『食客風雲録 日本篇』(青土社)、『文字の大陸 汚穢の都ーー明治人清国見聞録』(大修館書店)の中で官僚時代の原敬をたっぷり描いている。熟知の人物であった。草森は『原敬日記』を永井荷風の『断腸亭日乗』と並ぶ近代日本の日記の双璧と評価する。なお、草森には『荷風の永代橋』(青土社)という大著もある。
本書の後半を書いた平山周吉(私)は、草森の二本の大正天皇論を担当編集者として受け取った者だ。それから十数年を経て、草森の構想していた「大正天皇」像を確かめつつ、新たな「大正天皇」像を試みてみた。執筆途上で確認できたことは、大正天皇の讃美者として、棟方志功、保田與重郎、林芙美子といった人々がいたということだった。世評に惑わされず、同時代的に大正天皇に強い関心を寄せた彼らも、実にユニークな芸術家たちだ。その流れは、細々とだが、現在にまでつながっている。拙稿「「天才」藝術家としての大正天皇」で詳しく記した(本書第三章)。
平山のおもな関心は、昭和史と天皇及び宮中との関係にある。大正時代はその前史にあたるが、必ずしも詳しいわけではない。むしろ疎いくらいだった。それでも草森紳一の関心を引き継いで『原敬日記』を紐解くと、いままで省みられてこなかった大正天皇の像が浮かび上がってきた。そこに焦点を絞ったのが、拙稿「「万機、余暇有り」│大正二年、帝国陸軍と大正天皇との対立」である(本書第四章)。政治的には無能とされてきた大正天皇が、即位直後、「軍部大臣現役武官制」という制度から「現役」の二文字を削除するのに重要な役割を果たしたという史実を確認したものである。「現役」の二文字は二十数年後、二・二六事件の後に復活し、昭和史のネックとなったとも言われる。意外にも、それほど重大な政治的決定を大正天皇は下していた。
大正二年の『原敬日記』を読むとよくわかるが、大正天皇と原敬は特別に親密な関係を結んでいる。伊藤博文、桂太郎、山県有朋、大隈重信といった政治家たちと大正天皇との関係とは、また一味違う関係が想像される。「現役」の二文字を削除するにあたり、原敬が大正天皇になんらかの働きかけをしたかどうかはわからない。しかし、原敬が山本権兵衛首相に「削除」を強く働きかけていたことはわかっている。
原稿を書きながら強く思ったことがある。大正天皇の時代がもっと続き、首相の原敬が暗殺されなければ、近代日本は違った道を歩めたのではないか。天皇制が無闇に強化されることはなく、皇室は「政治」の外にあって、政治に関与せず、 「万年の春」を言こと祝ほ ぐ役割に徹する。「君臨」はすれども、 「統治」することはなくすんだのではないか。大正天皇と原敬の関係を辿っていると、そうした重い課題に引き寄せられる。昭和史の悲劇にも、大正天皇の存在あるいは不在は大きく関わってくるのではないか。
歿後百年にして、大正天皇がむっくりと起き上がる。
【著者略歴】
草森紳一(くさもり・しんいち)
1938(昭和12)年、北海道生まれ。2008(平成20)年歿。物書き。慶應義塾大学中国文学科卒。著書に『ナンセンスの練習』、『江戸のデザイン』(毎日出版文化賞)、『歳三の写真』、『ナチス・プロパガンダ 絶対の宣伝』(全四巻、現在は文遊社)、『荷風の永代橋』、『随筆 本が崩れる』(現在は中公文庫)など多数。歿後に刊行された著書に『「穴」を探るーー老荘思想から世界を覗く』(河出書房新社)、『中国文化大革命の大宣伝』(上下、芸術新聞社)、『フランク・ロイド・ライトの呪術空間ーー有機建築の魔法の謎』(フィルムアート社)、『本の読み方ーー墓場の書斎に閉じこもる』(河出書房新社)、『文字の大陸 汚穢の都ーー明治人清国見聞録』(大修館書店)、『勝海舟の真実ーー剣、誠、書』(河出書房新社)、『記憶のちぎれ雲ーー我が半自伝』(本の雑誌社)、『李賀ーー垂翅の客』(芸術新聞社)、『その先は永代橋』(幻戯書房)など多数がある。最新刊は『本に狂うーー草森紳一ベスト・エッセイ』(ちくま文庫)。
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)
1952(昭和27)年、東京生まれ。雑文家。慶應義塾大学国文科卒。出版社で雑誌、書籍の編集に従事した。著書に『昭和天皇「よもの海」の謎』(新潮選書)、『戦争画リターンズーー藤田嗣治とアッツ島の花々』(芸術新聞社、雑学大賞出版社賞)、『江藤淳は甦える』(新潮社、小林秀雄賞)、『満洲国グランドホテル』(芸術新聞社、司馬遼󠄁太郎賞)、『小津安二郎』(新潮社、大佛次郎賞)、『昭和史百冊』(草思社)、『天皇機関説タイフーン』(講談社)がある。編に、田中眞澄『「小津安二郎に憑かれた男」の映画案内』(草思社)、草森紳一『本に狂うーー草森紳一ベスト・エッセイ』(ちくま文庫)がある。

