憶えている
40代でがんになったひとり出版社の1908日
著者:岡田林太郎
頁数:528頁
予価:3000円+税
ISBN:978-4-910108-13-1 C0095
装丁:宗利淳一
2023年11月14日発売
創業からその最期まで、
〈ひとり出版社〉5年間の軌跡
老舗出版社の社長から転身、一念発起し、2018年春に、ひとりで出版社〈みずき書林〉を独立創業。
その後、2021年に末期がんになった40代男性が、出版活動、病い、そして家族への思いを、その最期まで、文字どおり全身全霊をかけ書きつづった、〈ひとり出版社〉5年間の記録。
【目次】
はじめに――2021年9月9日(木)
2018年
社名の由来/平成最後の夏/不定期連載①――会社のつくり方 その1/marshallese songs 1/弱さについて/ラディカル・オーラル・ヒストリー/あれから17年も経ったのですね/映画『タリナイ』/日記/創るひとびと/40/『いかアサ』速報④――カバーイラストは山田南平先生!!/今年はもう11日しかないらしい/早坂先生のこと
2019年
言語化困難な今年の目標/人はみな馴れぬ齢を生きている/週末のごはん/去年の今日と、今日――マーシャルあるいはアーサーの物語/トロントでの多幸感/独立して1年/思考実験としてのメンバー募集(上)/思考実験としてのメンバー募集(下)/本当はこうあるべきだったスピーチ/223件目/いい人に出会う方法/平和祈念展示資料館/先の企画のためのノート――諏訪敦さんへの取材/牛肉のビール煮込み/『ラディカル』『100s』『この世の景色』エトセトラ/はじめての講義/オンラインショップ開設!/『この世の景色』記事掲載!/ふりむく2年目
2020年
今年の目標(走る)/明日/ファンタジーとしての戦争映画――『近頃なぜか岡本喜八』/戦争孤児/家にこもって仕事/東京さ行ぐだ/毎日、ひとの日記を読むこと(上)/毎日、ひとの日記を読むこと(下)/2周年/勝手にアンソロジーを編む/online, online/文字を読みまくる週末/藤田省三と保苅実のことば/ダンス・ダンス・ダンス/死ぬ夢
2021年
オンライン、たまに対面/ヨーコと7歳下の英国人は〈あの戦争〉について話したか?/見本完成!/営業部員としての装丁/「いい人になる」/学術書の面白さとは――『沖縄-奄美の境界変動と人の移動』書評掲載/環境について。ちょっとしたこと/請われれば一差し舞える人になれ/森岡書店のフェア、スタート/森岡さん家で午後8時にお茶を/素敵な大人とは/将来のために/宝物/からっぽ/その日の日記/クリスマスの朝のような日/早稲田大学4号館・村上春樹ライブラリー/ラーハとはなにか/この2カ月の幸福/不幸/不運ではあるかもしれないけれど、不幸ではない/みんなと喋る/【重要】How to close my company/寺尾紗穂さんのライブ
2022年
ひとつずつ/神様そりゃないぜと思うときは/Love etc./きちんとしていたい/525,600/保苅実と時間/夜はまだあけぬか――5/12/生きちゃうかもしれない/泣いてもいいよ/友だちが増えた/造影CTの結果が良かったこと/さよなら、智秋さん/8月15日、毎年この日は鬼門筋なのか/ベッドのうえで生きる 8/20-21/はじめてのコスメ/「自分の人生が、けっこう気に入ってる」/体温が乱高下/3食作る。クリームうれしょん/また入院。何度でも立ち上がりましょう/とにかく生きてます/できることは減っていくけど/在庫を生き延びさせたい/目標の達成
2023年
未練について/昨日の続き、嫉妬と未練のこと/【ご報告】みずき書林の存続について/再起動/往復書簡「本を作ること、生きること」最終回――心から幸せになりなさい/髪を切った夕方には/5周年記念ラジオ/ひとまず書き上げる/こんな日が続いていくなら/半年が経過/『わたしは思い出す』と自分の本/死についてぼんやり思う/それでも人生にイエスと言う/在宅医療のありがたみ/また入院してます/筋力の衰え
あとがき
【「はじめに」より】
2021年9月9日(木)
みずき書林/岡田林太郎に関わってくださるみなさまへ
先月の15日から31日まで、腸閉塞で入院していました。
開腹手術をして大腸を半分ばかり切除しましたが、おかげさまで手術は成功し、いまは退院して日常生活に戻っています。
ただ、その治療と検査の過程で、胃にがんが見つかりました。
スキルス胃がんという進行の早い厄介ながんで、それがすでに大腸に転移していました。つまり、ステージ4です。
ステージ4のスキルス胃がんは手術による根治はほぼ不可能で、今後は原則として、通院しながら抗がん剤での治療を行っていくことになります。
「○年後の生存率は○%」といった統計を信じるつもりはありませんし、具体的な数字をここに書きたい気もしません。
でも正直に書くと、あまり楽観できるシチュエーションではありません。
本日、築地の国立がん研究センターに行きました。
いうまでもなく、日本でも屈指のがん治療の専門施設のひとつであり、お医者さんも看護師さんも信頼感のある人たちでした。
シビアな状況ではありますが、おかげで今後の治療方針も見えてきましたので、今日はひとまず気持ち的に少し落ち着くことができました。
いまは、抗がん剤の副作用などはあるにしても、これまでとさほど変わらない暮らしを営みながら生きていけるようになっているということです。
ですから、可能な限り長く、みずき書林を続けていこうと思っています。
いまの目標は、数年先に「まだ生きてるじゃん。あのときの岡田さんって〈死ぬ死ぬ詐欺〉だったね」と笑われることです(笑)。
*
病気がわかって以来、このことを公表すべきか、いささか迷いました。
でも僕としては、この先の時間を分かち合う人たちには、知っていてほしいと願うようになりました。
先月、腸閉塞で入院していた頃(つまり僕自身もがんについて知らなかった頃)、本当にたくさんの励ましやお見舞いのメールをいただきました。ものすごく嬉しかったです。
そして退院した後も(つまりがんであることを知った後も)、退院を喜んでくださる方がたくさんいらっしゃいました。
「無事の退院おめでとう」と喜んでくださる方に対して、内心で「実はがんなんです……」と思いながら笑ってみせるのは、とてもしんどいことでした。
なんにせよ正直でありたいし、とくに大切に思い、また僕を大切に思ってくださる方には、素直な気持ちで付き合いたいと考えるようになりました。
もしかしたら僕は、親しい方々に打ち明けることで、自分の恐怖や不安を紛らわそうとしているだけなのかもしれません。
でもやはり、知り合って関係を結び、これからもその関係を続けていきたいと願っている人たちには、僕がいまどんなことを考え、これから先どういうふうに生きていくことになるのか、知っておいてほしいのです。
今後はこのブログも、仕事のことと並んで、病気のことを綴ることが多くなると思います。
入院中は、コロナの影響で、面会が一切禁止でした。そんななかでも、いただいたメールやSNSで、みなさんとつながっていることが実感できました。みずき書林は本当に恵まれた出版社だと感じられました。
今後もこのブログなどを通じて、僕が何を思っているかを綴り、みなさんとつながっていることを感じられればいいなあと願っています。
*
33歳の若さでがんで亡くなった保苅実は、死の直前に友人たちに宛てたメールで、以下のように書き残しています。
勇敢で冷静、そして美しくありたいと感じています。
このことばがどこかに引っかかっていたのかもしれません。僕もステージ4のがんであることを知らされたときに、ともすれば取り乱しそうになる頭の片隅で、勇敢でありたいと考えました。
保苅実にならって僕なりのことばで言うと、いまは、
「勇敢に、丁寧に生きていたい」
と思っています。
*
このテキストを読んでくださっている方々には、これから先、個別に頼ったり、泣きついたり、愚痴ったり、号泣したり、取り乱したりするかもしれません。
何人かの人たちには、早速に様々なお願いを聞いていただいています。
出版というのは、常にある程度中長期的な視野を持つことが求められる仕事ですが、そのような展望を持つことが現実的に難しい計画については、見直さざるをえない場合もあると思います。
そのようなご相談を申し上げねばならない際には、ご理解を賜わりますよう、何卒お願い申し上げます。
もちろん、先ほども書いた通り、みずき書林は可能な限り続けていくつもりです。
何人もの会いたい顔が頭に浮かびます。
幾つもの作りたい本のことを考えます。
友人たちや、敬意を抱いている人たちがたくさんいます。
それは今までと変わらず、僕の光源であり続けます。
これから先、達成できることもあるでしょうし、やむを得ず諦めなければならないこともあるでしょう。
わがままを承知で申し上げますが、みなさまには、今までと変わらぬお付き合いをお願いできれば、本当に幸せです。
(ありきたりなクロージングのことばではなく、切実な願いを込めて)
今後ともどうかよろしくお願い申し上げます。
2021年9月9日 みずき書林/岡田林太郎
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僕は2018年の春に、ずっと勤めていた会社を辞めて、ひとり出版社〈みずき書林〉を立ち上げた。自分ひとりだけで、自宅の一室で進める出版活動。かつて「机と電話があればできる」と言われた出版業の原則はいまでも基本的に変わっていない。「パソコンとWi-Fiがあればできる」といっても決して大げさではない。
独立創業以来、僕の人生は好転した。ちょうど40歳になったばかりだった。
資金繰りなど悩みや課題は山積みだったが、自分で選んだ働き方・時間の使い方で、何事も自分だけで決めていいというひとり出版社のありかたに、ドキドキしていた。単独行動が性に合っていたということもあるのだろう、多くの協力者にも恵まれ、僕の毎日は危なっかしくも楽しく過ぎていった。
そしてこの日、2021年9月9日以降、僕の人生は再び様変わりした。
43歳の秋、僕は末期がんになった。
そんなに長くは生きられないらしい。
いまこれを書いている時点は2023年2月28日。告知から1年5カ月が経ったことになる。
僕に残された月日はあとどれくらいなのか。果たしてこの本を書き終えることができるのか。まったくわからないまま、途中で力尽きる可能性も覚悟しながら、ひとまず書き始めている。
僕は2018年からずっと、会社のウェブサイトにブログを書き続けている。当初は毎日という予定だったがさすがに毎日書き続けるのは難しく、3日のうち2日、といったペースだ。それでも5年以上続けていると、相当な日数・分量になる。
冒頭に掲げたテキストもそのブログからだ。この日が僕とみずき書林のターニングポイントになった。
これが本書の基本的な構成になる。つまりまず過去のブログからの抜粋が引用・ペーストされる。そしてそれに対して、いまの僕が感じていることを書いていく。いま、というのは2023年の3~4月くらいになるだろう。「本を出しませんか」という望外な提案をいただいてしばらく悩んだ末に辿り着いたのが、この構成だった。
本書は出版社の作り方(あるいは閉じ方)といったハウツー本ではない。また、患者さんやその家族に喜んでもらえるようながんの闘病記でもない。ではなんの本かというと、ひとりの人間の生活の記録、ライフヒストリーのような本になるだろう。16年間サラリーマンをしたうえでひとりで独立創業し、その後末期がんになった40代男性が、自分の書いたブログをよすがに過去を思い出し、いまどう思うかを綴る。そのような、いささか奇妙な構造の本になるだろう。
そう、最近思うのだが、思い出すことと思い出を作ることは、おそらく重要なことだ。生きるということは、思い出を積み重ねていくことに等しい。過去のブログを振り返りながら、いま何を考えているかを書くという行為は、未来へ、他者へ向けて思い出を投げかける行為でもあるだろう。
我々は日々、思い出を作る。
そして日々、誰かのことを、かつてのことを思い出す。
この本にはたくさんの日付が出てくる。そのころあなたは何をしていただろうか。たとえば2021年の9月9日に、あなたは何をしていたか、思い出せるだろうか。
そしてあなたがこの本を読むときに、僕はどこで何をしているのだろうか。
あるいはもうどこにもいないのかもしれない。
【著者略歴】
岡田林太郎(おかだりんたろう)
1978年生まれ。早稲田大学卒業後、出版社へ入社し、編集の仕事に従事。2012年、同社社長に就任。2018年、退職。同年3月、ひとり出版社「みずき書林」創業。主な刊行物に、大川史織編『マーシャル、父の戦場』、岡本広毅・小宮真樹子編『いかにしてアーサー王は日本で受容されサブカルチャー界に君臨したか』、早坂暁著『この世の景色』、沖田瑞穂著『マハーバーラタ、聖性と戦闘と豊穣』、山本昭宏編『近頃なぜか岡本喜八』、大川史織編著『なぜ戦争をえがくのか』、蘭信三・小倉康嗣・今野日出晴編『なぜ戦争体験を継承するのか』、松本智秋著『旅をひとさじ』など。2023年7月3日、永眠。享年45歳。